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おちんちんを男二人が突き出しながら、小便ストールにお互い向かいながら「今日は社長、いったん帰りましょう〜。」と、さとしは仕事の取極めをあせることないようにうながした。客は、工事請負契約前であって、でもおおよその金額的ラインをあせって聞き出してきたのだった。客の前では直に、話せないことであったので、トイレに誘っての話だった。あせると、ロクなことにならないし、設計積算の責任者としてもそう言わざるを得なかった。こちらの工事原価の押さえをしたうえで、落ち着いて契約に向かうことをしたかった。 さとしが書いた図面の仕事を、社長の経営する会社に持ち込んで、施工を依頼することより、代表とは深い縁となった。当時常務で、彼からのほうからいてくれないかとの打診があり、数年間、地方の総合建設業のスタッフとして、働いて、主に設計・積算の仕事をしたり、現場もときたまみたりしてきた。工務店でこの際、現場のことに徹底的に詳しくなりたかった気持ちもあった。社長がAと言えばBと答え、Bと言えばAと言う、契約上の不安な気持ちを聞いてやったり。これが仕事だと思った。(笑)常日頃、契約準備や、営業補助員として、カバン持ちとして歩き回った。ただ、都内から、急いで帰る必要性もないのに、彼の運転する、時には携帯を使い、コーヒー缶を飲みながら運転する、中央高速道の時速140KM。これには、脚をつんばり、ハンカチを握り締め、緊張した。スピードゲージをときたまみて、「社長〜」と言いつつ、「ちっ、ちっ」と言葉みたいなことを言って、手を下げてスピードを落とさせた。スピードはでもまた上がる。140KMは山がドンドン去って行くといったスピードで、社に帰り、自分の自家用車で家に着く前、ホットミルクを喫茶店で飲んで、今日も生きて帰れてよかったと、よく気持ちを落ち着けたもんだ。(笑) 「皆さん〜〜、おはよう〜ございまぁ〜す、ただいまから、校長先生からお話があります。よく聞いてくださいぁ〜。」と、1300人程の児童を前に、小学校の朝の集会の司会である。児童会副会長としての仕事だった。月曜の朝の集会であったので、司会がいやで、日曜日には夜布団のなかで、憂鬱になった。 大学では、学外での生活がなかった限りにおいては、異なる言い方では、学内に静かにおさまってれば、こんなさとしでも、自治会副会長になれたのだ。女学生が全学で数人という、工業大学であったので、女にもてないさとしであっても、男の投票数により、当選はしていただろう。(笑) また、40歳少し過ぎて退社した工務店時代には、会社にとってのVIPの客との打合せとエスコート担当をしてきた。さとしは顔はいいし、言葉使いが相手をきずつけないで、仕事の内容はこちらだけが知ってるみたいな言い方はしないし、客がいいことを言えば賞賛し、しかも声質は柔らかいし。担当はうってつけだったのだ。。(ブログからは全然想像できないね・笑。)こうしたことも「副」としての担当なのだけど。 「俺の人生は副会長だったぁ〜」と最近思う。と同時に、しかし、どうしたものか、今からはトップでいたいし、そのセンスを磨き、トップの言葉使いと行動をしたくなった。急にであって、その気持ちはかなり強いのだ。僕も最近だんだん良い意味で変化しつつあるようだ。 ただ、妻が、我が家の会長には違いないし、上娘聖子が副会長であるのだ。(笑) |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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私は 「何も 専務」? それとも 一生「助手」のまま? |
432R 2008/07/07 23:34 |
432Rさん〜こんばんは〜。 |
さとし君 2008/07/07 23:47 |
さとし君、目配り、気配りのできる方なのね。 |
のんびりかあさん 2008/07/08 06:36 |
のんびりかあさん〜こんにちは〜。 |
さとし君 2008/07/08 13:28 |